96年分

『日米開戦』T.クランシー、新潮文庫 (1996.1.3了)

正月はこれで終わりました。新潮文庫判は上下巻 1500 ページと言う大作で、 国際経済、政治、情報戦に加え、クランシーならではの軍事テクノロジーが たっぷりと詰め込まれています。

アメリカ国内で日本車の欠陥による事故が起こり、 制裁的貿易法案が成立してしまう。これに追い詰められた日本の企業家達が、 政治家、自衛隊を動かして、アメリカ相手に経済戦争、軍事戦争を挑む、 と言う筋書きになっています。 今回は、特に経済に重点が置かれているようで、日本の企業家の謀略によって、 米国ニューヨーク株式市場が暴落して行くありさまなど、 文章もすさまじい勢いで加速して行きます。

クランシーの邦訳は、これまではすべて文春文庫から出ており、 訳も井坂清さんと言う方がずっとやっていたのですが、 なぜか今回から新潮文庫版になりました。また、文春文庫の最近巻である 『恐怖の総和(Sum of all fears)』と本作『Dept of honor』の間にあった 『Without Remorse』を一つ飛ばしてしまっています (同じく新潮文庫から出るそうですが)。 版権の関係で何かもめたんでしょうか。

で、この本の訳ですけど、分量が多いのが気の毒とは思いますが、 荒い部分が目立ちます。例えば、『貧者の兵器である*科学*兵器や生物兵器』、 "ma'am"をそのまま『マーム』と訳してしまうなどなど。以前の井坂さんの訳が、 個人的には好きだっただけに残念です。読むのに長くかかったのも、 日本語訳に引っ掛かったところが多かったためと言えるかもしれません (なら原書を読めばいいのですが、そこまでのヒマはない...)。

『岸和田少年愚連隊』中場利一、本の雑誌社 (1996.1.5了)

私は椎名誠ファンということもあって、 『本の雑誌』をここ数年不定期に購読しているのですが(最近は定期)、 その中で紹介されていたのがこの本です。 吉祥寺サンロードの書店『ルーエ』で平積みしていたので購入、 当日のうちに一気に読み終わってしまいました。

内容に関してはタイトル通りなのですが、とにかくすごいです。 東京に住む一般人が印象として持っている持っている『コワい大阪』 の正にど真ん中にいた著者の、 小学校から成年に達するまでの体験談(?)が書かれています。 ケンカは不意打ちから入り、相手が動けなくまで。 中学から競輪競馬競艇に無免許運転はあたりまえ、 と書くと眉をひそめる方もいらっしゃいましょうが、 著者の見方と文体が明るいためか、とにかく笑えます。

著者、かの西原理恵子とも友人らしいです。...と書くと、 大体どんなんかわかっていただけるでしょうか?

『私刑』P.コーンウェル、文春文庫 (1996.1.7了)

コーンウェル6作目です。 これまでの5作(特に前作『死体農場』) において未解決となっていた問題が大体決着し、 その意味では区切りになる作品なのかもしれません。

未だ捕まっていなかった、殺人狂グールトが今回の主目標になります。 検死官である主人公ケイ・スカーペッタが、被害者の遺体から知り得た事実を基に、 犯罪者を追い詰めていくという、 本シリーズ最大の魅力であるこれまでのスタイルはしっかり踏襲されています。

ただ、やはり6作目となるとなかなか新しい内容を盛り込むのが難しいようで、 科学的捜査に驚き、どきどきしながら読んだ一作目のような魅力は薄れ、 その分人間関係の描写の比重が大きくなって来ています (悪く言えば、『よろめきドラマ』っぽくなっているような気もするんですが...)。

そろそろこのシリーズ、またコーンウェル自身も、転換期にきているのかな、 という印象を受けた一冊でした。

『有罪立証』C.マグワイア、扶桑社ミステリー (1996.1.14了)

現役の女性検事によって書かれたミステリです。 話しの筋は、一言で言うとコーンウェルに似ているのですが、 コーンウェルが『科学捜査』に比重をおいているのに対して、 この本では、作者の専門である『犯罪心理分析』がメインになっています。

ヒスパニックの女性ばかりをねらった連続猟奇殺人事件がテーマで、 捜査側、犯罪者側が同時に描写されていきます(コロンボ風)。 犯罪者の心理描写と、その犯罪者の心理を追おうとする捜査側の捜査、 分析がスリリングに描かれており、なかなか楽しめます。

女性検事である主人公の法廷での仕事ぶりや、 一人娘との生活などが入っているところはコーンウェル風。 登場人物も、主人公の元恋人の捜査官や、主人公に理解のある検死官、 ほとんど捜査を妨害しているとしか思えないマスコミなど、 『定番』が揃っています。

訳はコーンウェルのシリーズをずっと手掛けている相原真理子さん (『コーンウェルと似ている』という私の印象の一因かも知れません)。 ご本人の得意分野でもあるようで、訳文は安定していて読みやすいです。

『保科正之 -徳川将軍家を支えた会津藩主-』中村彰彦、中公新書

 会津保科家と言えば、幕末の長州、後に薩摩との争闘が有名ですが、 その源を知るためには良いかもしれません。 著者の別著作(小説)の宣伝めいた部分が多いのがやや難。

『ストレス「善玉」論』中沢正夫、情報センター出版局

 副題が、『-我が身のための不真面目精神療法-』となっています。 著者は、椎名誠のエッセイなどにも出てくる精神科(心療内科)のお医者さんです。 ひと味違ったストレスの議論が多く、楽しんで読めます。 ストレスを現在感じている人にお薦め。

『ハッカーの報酬』ジョン・サンフォード/山田久美子訳、新潮文庫

 B級コンピュータ小説です。 パスワード破りに、ハード的な(?)手法を用いているところが目新しいかも。

『空海の風景(上)(下)』司馬遼太郎、中公文庫

 逝去した司馬遼太郎氏の追悼記事で、多くの人に挙げられていた著作です。 小説とエッセイが渾然とした本ですが、司馬ファンなら読んで損なし。

『井上ひさしの日本語相談』『丸谷才一の日本語相談』朝日文芸文庫

 『週間朝日』の連載を文庫化したもの。他にも二人、計4人の『日本語相談』 がありますが、とりあえず好きな二人を読んでみました。面白いです。

『状況証拠(上)(下)』S・マルティニ/伏見威蕃訳、角川文庫

 法廷サスペンス。途中まではややダレる部分もありますが、 最後にあっといわせます。

『砂時計の七不思議』田口善弘、中公新書

 副題が『粉粒体の動力学』。 近年のコンピュータの急激なパワーアップにつれ、 分子動力学法を使ったシミュレーションがたくさん報告されていますが、 そのうちの粉体に関する議論を集めてあります。 それぞれの内容も興味深いのですが、特に最後の章で記述されている、 「コンピュータシミュレーションによる理解は、どこまで物理と呼べるか?」 を述べている部分が、個人的には非常に面白かったです。

『数学者の休憩時間』藤原正彦、新潮文庫

 『若き数学者のアメリカ』の著者と言うと、ご存じの方も多いでしょう。 サイエンティストのエッセイとして、最上級の部類に入ると思います。 著者は、新田次郎氏のご子息でもあるそうです。 私はこの本で初めて知りました(^_^;。

『サル学の現在(上)(下)』立花 隆、文春文庫

 ミーハーですね(^_^;。 でもさすがに面白かったです。 サル学と言っても、非常に広い分野をカバーしているため、 研究の方法論とか、参考になる部分も多いです。 それにしても、専門家からこれだけの話を引き出す著者もさすがです。

『晏子(上)(中)(下)』宮城谷昌光、新潮社

 昨年、『孟嘗君』でこの著者にすっかりハマり、これも一気読みしました。 (いまも『重耳』を読んでたりします) 良いです。

『指数・対数のはなし』森毅、東京図書

 最近、学生実験で対数グラフを使えない(理工系の!)大学生も多いのですが、 ぜひ一読を薦めたい本です。 『指数・対数のはなし』、と言いながら、exp、log の複素関数的な議論まで 話が及んでいます。 大学院生以上のレベルの人にも、得るところの多い本ではないでしょうか。

『複雑系 Complexity』 M. Mitchell Waldrop 著 田中三彦 遠山峻征 訳 新潮社

500ページ超の分厚い本ですが、非常に面白かったです。 カオスやフラクタルなどに関して、 つかみ所のないモヤモヤした印象を持っている人って結構少なくないと思うんですが (私もそうでした)、ひとつの方向を与えてくれる本かもしれません。

単純なファンクションを持った構造単位が集合、 自己組織化することによって、 高度な機能を持った集合体が形成されるという現象を追った 「サンタフェ研究所」のヒストリーを追った著作です。 経済、物理、動物行動学、大脳生理 etc. の分野から集まった気鋭の学者たちのストーリーが、 上記の「自己組織化」をいう言葉をひとつのキーワードにして語られていきます。

少々歯ごたえがありますが、 構成が良くまた翻訳がすばらしいため、一気に読み通せる本です。

『神の拳』 F. Forsyth 著 篠原 誠 訳 角川文庫

フォーサイスの最後から二番目の作品になってしまいました。 昨年単行本で出ていて、 購入するかどうか悩みつつも文庫を待ち通すことができました。 角川はこの辺早くて嬉しいですね(絶版も早いけど(^_^;)。 湾岸戦争の舞台裏、特に話題になったイラクの大量殺戮兵器保有疑惑を 中心に描いた小説で、お馴染みのモサド、 CIA、 SIS などが 出てきます(KGB はあまり出てこない)。

私フォーサイスは一応全部読んでおりまして、 これまでは「第四の核」「オデッサ・ファイル」「ジャッカルの日」 を個人的なベスト3とみなしていたんですが、 その中に食い込む出来と感じました。 イラクはバグダット生まれのイギリス人兄弟(兄は英軍 SAS の将校、 弟は気鋭のアラブ学者)の二人が主人公です。 兄は諜報活動のためにクウェート、ついでバグダットに潜入するのですが、 この話の流れといい現地でのアクションといい、 (いつもながらのフォーサイス節ですが)ものすごくリアルです。

訳者の篠原さんは角川のフォーサイスを全部手がけた方です。 文体を統一して読めた日本のフォーサイスファンは幸せでしたねー (それに引き換えクランシーは... 文春&新潮の×××やろぉ〜)。

さて、いよいよフォーサイス最後の作品となった「イコン」も出ましたね。 これまたハードカヴァーを買うか、文庫を待つかで悩んでいます(^_^;。


文責:中野武雄(97.1.1更新)

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